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1700点
ナイロンパーカー ネイビー 総柄 ボタン留め
エルメスの創業者は、ドイツ出身の馬具職人ティエリー・エルメスです。1837年にパリのランパール通りで高級馬具の製造工房を開業し、現在のラグジュアリーブランド「エルメス」のルーツとなりました。高い技術力で貴族や上流階級から絶大な支持を集めて、1878年に息子シャルル・エミール・エルメスに事業は引き継がれた。エルメスは「クラフトマンシップの尊重」と「卓越した品質の維持」を経営の最優先事項としています。大量生産を避け、最高級の素材を用いて職人が手作業で製品を仕上げることで、ブランドの独占性と希少性を厳格にコントロールする方針を貫いています。
エルメスが展開する高級ナイロンアイテムは、軽量かつ耐久性に優れながら、独自の織りや加工技術によりレザー製品に引けを取らない気品を備えています。最も重要なのは「素材の質」です。このジャケットに採用されているナイロンは、耐久性と軽さを兼ね備えながら、独特の光沢感を持ち合わせています。安価な量産品とは一線を画す上質なファブリックは、袖を通した瞬間にその違いを実感できるでしょう。さらに、スポーティな要素を持ちながらも、エルメスの哲学がしっかりと宿っています。ナイロンというモダンで実用的な素材を用いながら、それを単なる機能服ではなく「洗練された日常着」へと昇華させている点に、エルメスの独自性があります。軽さと上質感、シンプルさと豊かさ、この相反する要素をバランス良く融合させているのです。エルメスが考える「贅沢」とは、見た目の華やかさではなく、日常に寄り添い、使うたびに喜びを与えてくれること。羽織るたびに実感する、軽さと上質さの融合。エルメスが提案する「本質的な贅沢」を満喫できます。
肩幅:45 身幅:46 表示:-
2500点
ブラック キルティング ナイロン製 ホワイトグースダウン90% フェザー10% 袖に三角ロゴプレート
プラダは、1913年にマリオ・プラダとマルティーノ・プラダ兄弟によって、革製品の専門店として誕生したブランドです。1913年、ミラノに皮革製品店のインポートショップを開業、世界中から質の高い革や珍しい素材を集めて、イタリア職人の技術で豪華なアイテムを作っていました。それがブルジョワの間で評判となり、イタリア王室の御用達となったのです。1958年、マリオの死と時代の変化に豪勢さが合わなくなったのが重なり、しばらくの間、低迷期が続きました。しかし1978年、孫娘のミウッチャ・プラダがオーナー兼デザイナーに就任し手腕を発揮します。レザー製品に「ポコノ」という軽くて強い工業用防水生地のナイロン素材のシンプルなバッグを導入。これが現代女性の合理的志向に合い、大きな話題となりました。
その後、次々と新アイテムを発表し、1993年からミウッチャの子供時代の愛称をブランドネームにした「ミュウミュウ」を発表。プラダのコンセプトである「日常を贅沢に飾る」は創業者の孫ミウッチャによって確立されました。プラダグループの経営はミウッチャ・プラダの夫であるパトリッツィオ・ベルテッリが指揮し、二人三脚でブランドを成長させました。また、軽量で丈夫なナイロン素材を、ラグジュアリーの分野に初めて採用したのがプラダでした。独自開発の再生ナイロンである「Re Nylon(リ ナイロン)」は特に有名です。海から集められた漁網や繊維廃棄物、プラスチック、使い古されたカーペットなどを再利用し作られた循環型繊維であり、従来のナイロン素材に劣らない高い品質のまま永久にリサイクルできる仕組みになっています。このスタイルはダウンジャケットでも採用、上質なナイロンのつややかな質感、洗練されたエレガントで美しいシルエットは、「ダウンジャケット=カジュアル」という印象を払拭し「日常を贅沢に」が貫かれています。
肩幅:45 身幅:52 表示:-
1000点
ベージュ 袖にネームロゴ
マッカージュ(MACKAGE)は、1999年にクリエイティブディレクターのエラン・エルファシーとエリサ・デーハンにより、カナダのモントリオールで設立されたアウターブランドです。大人気のダウンコートは、縦にも横にも伸びる2WAYストレッチ素材を採用しており、着ぶくれしないエレガントなシルエットを実現しています。また、創業メンバーはかつてレザー業界に身を置いていたことから、レザージャケットは、その経験を活かした精緻なカットワークが魅力となっています。最高級の素材を使用した美しいシルエットと精密なディテール、機能性を融合したデザインで、今やラグジュアリーアウターブランドとして、その地位を確立しています。
肩幅:45 身幅:53 表示:-
700点
ブラック ナイロン
肩幅:42 身幅:53 表示:-
800点
カーキ × ブラック 羊革
ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)は、
1968年に、カリフォルニア州でダグラス・トンプキンスが妻スージーとスタートさせたアウトドアブランドです。スキーや寝袋をセットにしたバックパック、登山テントなど揃えた小さなお店をオープンさせました。山岳で登山が難しい北壁のことを指すノース・フェイスがブランド名の由来です。
ダグラスは1年の半分はチベット、アルプス山脈、コスタリカなど世界中を飛び回り、カヤックやスキー、登山をしながら、ときどきオフィスに電話をかけて経営に携わる”不在経営”(Management by Absence)という手法をとっていました。2年後にはノースフェイスを売却し、冒険映画「Fun Hog」を作り始めます。 カリフォルニア州・ベンチュラを出発し、南米・ティエル・デル・フエゴまで車を走らせ、サーフィン、スキー、登山をしながら旅をする様子を、16mmカメラで収めたもので、現在でも伝説の冒険映画といわれています。 後の2010年には、追体験として、若き冒険家ジェフ・ジョンソンのドキュメンタリー映画、「180°SOUTH」が公開されました。
1968年には、妻と一緒にエスプリ・ホールディングス(esprit holdings)というブランドを立ち上げました。 このブランドは世界60か国に進出する人気ブランドへと発展しましたが、1989年にはエスプリも売却し、ビジネスから身を引いています。 その理由として、ファッション業界が環境へ悪影響を及ぼしていることを懸念したことが挙げられています。「必要のないものを人々に売るのは止めた」「この業界に意味はない」という発言からも、彼のミニマリストとしてのスタイルや、環境への関心が伺えます。ブランドの大成功で資本主義社会の頂点を極めた後、自分が“間違った山に登頂してしまった”とも述べています。一大決心して会社を売却し、サンフランシスコからはるか6400マイル南のパタゴニアの地に飛び、小さな山小屋で 美しい自然のなかで暮らし始めたのです。そこでの暮らしが契機となり、前代未聞の大規模環境保護キャンペーンを展開することになります。パタゴニアから南米最南端のティエラ・デル・フエゴまで、2500万エーカーという広大な土地を国立公園化し、南米大陸の生態系を破壊から守ろうとする、極めて大胆な取り組みでした。環境保護に努めた彼の行動は、賛否両論を巻き起こしましたが、2007年、2008年、2012年に環境に関する様々な賞を受け、称賛を受けています。 2015年12月8日、ダグラスはアルゼンチンの湖でカヤックに乗っていたところ、強風と高波によって転覆し、低体温症が原因で亡くなりました。72歳でした。
ノースフェィスは真に機能性の追求と自然との共存を目指したアウトドアグッズの開発にあたり、さらにファッション性を取り入れたジャケットやデイパックなどの販売を手掛けるなど、その人気は今や世界トップクラスを誇っています。
「THE NORTH FACE PURPLE LABEL」パープルレーベルとは、代官山のショップ『nanamica TOKYO』が提案する、日常の中でなるべく長く付き合えるアウトドアウェアブランド『ナナミカ』とのコラボレートコレクションです。ノースフェイスのアウトドアギアをベースにファッション性の高い素材に置き換えたり、伝統の素材をベースにルーツであるカリフォルニアのアウトドアスタイルテイストを残しながら時代にあったサイズ感にアップデートしたり、ノースフェイスの良さをそのままに時代性をミックスさせたモノづくりが特徴的なラインです。
肩幅:50 身幅:59 表示:M